熊 取

町  名
画  像
新調/購入
大工/彫師
主な彫物 備  考
大宮
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昭和8年新調
植山宗一郎/
 吉岡義峰・
 森曲江
【土呂幕】
正:秀吉本陣佐久間の乱入
右:加藤清正 新納武蔵守の血戦
左:木村長門守の勇戦
【見送り】
難波戦記
先代は明治30年代岸和田市中北町新調
→大正5年頃熊取町大宮へ
→昭和11年和泉市幸町へ売却も昭和63年の曳行を最後に平成3年7月解体廃却
天保12年に記された中家文書には宮村(現大宮区)は文化10年(1813)に新調した地車を所有とあり
 
大久保
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大正8年購入
小川喜兵衛/
 上間庄平・
 伊藤松吉
【土呂幕】
薄田隼人徳川本陣討入
【見送り】
大坂夏の陣
現地車は大正7年岸和田市宮本町新調
→大正8年熊取町大久保へ
中家文書によると文化2年(1805)に地車新調の記述がある(三〜四先代と思われる)
→安政2年(1855)岸和田市沼町(沼村)へ
→明治32年まで曳行されたが翌33年老朽化焼却処分
 
五門
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大正10年購入
大若門下森某
 /開正藤・
  西本舟山
【土呂幕】
正:秀吉本陣佐久間の乱入
右:福島市松、拝郷五左衛門討取り
左:加藤清正、山路将監との血戦
【見送り】
難波戦記
現地車は大正10年岸和田市筋海町新調
→大正10年熊取町五門へ
先代は 岸和田市小寺(現上町)明治13年新調
→大正2年の上町合併に伴い熊取町五門へ
→大正10年泉大津市板原へ
→昭和9年岸和田市上大沢へ
→昭和38年岸和田市春木本町へ
→平成6年堺市菱木白木へ
中家文書には五門は文化9年(1812)に新調した地車を所有とあり
 
紺屋
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大正10年新調
大若門下森某
 /西本舟山・
  開正藤
【土呂幕】
正:大岩砦中川瀬兵衛清秀の最期
右:福島正則拝郷五左衛門討取り
左:清正山路将監討取り
【見送り】
大坂夏の陣
現地車は大正10年熊取町紺屋区新調
先代は泉佐野市鶴原か湊へ売却とあるが詳細は不詳
中家文書の地車所有に関する記述に紺屋はない
 
野田
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大正11年購入
大崎平兵衛/
 安田卯ノ丸・
 相野徳兵衛
【土呂幕】太平記
正:楠正成、湊川出陣
右:楠木正季の勇戦
左:楠木正行の最期
【見送り】
大坂夏の陣
現地車は明治20-22年岸和田市堺町新調
→大正11年熊取町野田へ
先代は小型地車だったらしいが詳細は不詳
中家文書の地車所有に関する記述に野田はない
 
朝代
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大正11年新調
朝代市松/
 一元林峯・
 吉岡義峰・
 森晴秋
【土呂幕】
正:川中島の合戦
右:糟屋助右衛門の勇戦
左:題材不詳
【見送り】
大坂夏の陣
現地車は朝代市松が生まれ故郷の朝代村に残した置土産の地車
先代は明治期に上地車を新調とのことだが詳細は不詳
中家文書には朝代村は「往古よりあって新調年が分からない荷壇尻」を所有とされている
 
七山
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昭和4-5年購入
久納久吉・
実弟幸三郎/
 開正藤・
 西本舟山・
 開正a・
 西本五葉・
 黒田正勝
【土呂幕】太閤記
正:真田大助初陣
右:加藤清正 新納武蔵守の血戦
左:秀吉本陣佐久間の乱入
【見送り】
川中島の合戦
現地車は大正11年岸和田市筋海町新調
→昭和4-5年に熊取町七山へ
大屋根左右枡合に久納久吉苦心の細工「軒下唐破風」は必見
筋海町新調の際に当HP管理人の祖父が尽力との伝あり
先代は明治20年頃新調
→明治末期〜大正期に泉佐野市貝田へ
→大正末期岸和田市今木町へ
→平成16年高石市東羽衣(13区)へ
中家文書には七山村は天保10年(1839)に地車新調(三〜四先代と思われる)とあるが詳細は不詳
 
小垣内
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平成22年新調
井上英明/
 木下賢治
 (請負)
【土呂幕】
正:熊谷直実平敦盛を討つ
右:奥州衣川の合戦
左:石橋山合戦頼朝朽木隠
【見送り】
大坂夏ノ陣
現地車は平成22年熊取町小垣内区新調、新調入魂式は平成22年5月4日
先代は明治13年岸和田市筋海町新調
→大正9年頃熊取町小垣内へ、詳細は先代地車の欄を参照
中家文書には小垣内は文政7年(1824)に新調した地車を所有とあり
 
先代
小垣内
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大正9年頃購入
高橋若左衛門/
 宮地弥津計・
 櫻井義國
【土呂幕】
難波戦記
【見送り】
難波戦記
この地車は明治13年岸和田市筋海町新調
→大正9年頃熊取町小垣内へ
→昭和52年大修理により見送り彫物入替え(元の見送りは川中島の合戦)
→現地車新調に伴い平成21年11月1日曳き納め昇魂式
→同月に熊取交流センター煉瓦館へ(常設展示中)
 
久保
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昭和9年新調
植山宗一郎/
 松田正幸・
 石田範治・
 後藤更星・
 吉岡喜代志
【土呂幕】源平合戦
正:巴御前馬上の勇姿
右:朝比奈三郎と足利義氏の血戦
左:武蔵坊弁慶と畠山重忠の勇戦
【見送り】
大坂夏の陣
先代は昭和12年岸和田市山下町へ
→昭和29年岸和田市磯之上(当時は東磯)へ
→昭和42年の曳行を最後に昭和44年焼却処分
中家文書の地車所有に関する記述に久保村はない
 
和田
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大正15年新調
絹井楠次郎/
 玉井行陽・
 金山源兵衛
【土呂幕】賤ヶ嶽の合戦
正:加藤清正の勇戦
右:中川清秀の勇戦
左:福島正則拝郷五左衛門討取り
【見送り】
大坂夏の陣
現地車は大正15年熊取町和田新調
→昭和57年に地元大工《大常》古谷国夫により枡組追加・屋根交換の大修理
先代は奈良方面から購入の大和型地車とのことだが詳細は不詳
中家文書には和田は天保4年(1833)に新調した担い地車を所有と記されている
 
小谷
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平成26年新調
植山工務店
(佐野和久・
 七野徳重)
 /岸田恭司・
  片山晃・
  高濱輝夫
【土呂幕】
正:根来戦記 千石堀城の戦い
  大谷左大仁の奮戦
右:難波戦記(冬の陣)
  木村重成初陣・単騎部下を救う
左:湊川の戦い
  楠木正成馬上の勇姿 畠山国清
【見送り】
衣川の戦い 
現地車は平成26年8月31日新調入魂式
先代は明治20年岸和田市大北町新調
→大正8年熊取町小谷区へ
→平成26年泉佐野市下瓦屋南へ
中家文書には小谷は文化5年(1808)に新調した地車を所有とあり
「河内の地車馬鹿」様の画像・情報ご協力に感謝!
 


《中家文書について》

 近年になって天保期の熊取谷各村のだんじり所有状況が熊取町内の旧家である「中家」に伝わる古文書から発見され、
 これによると熊取谷には天保12年(1841)当時で地車が6台・荷いだんじりが2台の計8台が存在したことがわかります。
 文化文政期のだんじり製作年に関する記述がまとまって残っている文書は他に例がなく、極めて貴重な史料と言えます。

 

 この史料に関しては「まつのホームページ」管理人のまつさんより情報提供を頂きました。まつさんのご協力に感謝!

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  • Update:2014/09/18